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福岡地方裁判所 昭和44年(行ウ)42号 判決

原告

児玉利行

右訴訟代理人

木梨芳繁

外一一名

被告

北九州市

右代表者病院事業管理者

北九州病院局長

大塚金蔵

右訴訟代理人

苑田美毅

外二名

右指定代理人

泉博

外七名

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因1および2の事実については、当事者間に争いがない。

二新、旧規定の制定の経緯については、〈証拠〉によれば、次のとおりであることが認められ、これに反する証拠はない。

1  昭和三八年二月旧五市の合併により北九州市が発足し、旧五市にあつた各市立病院および結核療養所第一、第二松寿園も北九州市に引継がれ市衛生局病院課の管理下に置かれたが、その後病院事業による債務が著しく累積してきたため、昭和四二年に至り市当局は、病院事業の財政再建を図るため新たに病院局を発足させて病院事業につき地公企法の全面適用を受けることとし、同年一一月一日から病院局が発足し、管理者たる病院局長が置かれた。

2  病院局長は昭和四二年一一月一日、地公企法一〇条に基づく管理規定として旧規程を制定し、勤務時間についても原則として別表(一)のとおり一週当り実働三八時間とする定めがなされたが、旧規程の定める勤務時間の内容は旧五市時代のままであつたため、この勤務時間は被告主張のとおり各病院や職種によりかなりまちまちであり、また当時の国、都道府県および他の政令指定都市における職員の勤務時間が国、東京都、北海道のほか二府三八県、名古屋および神戸の各市が四四時間、京都市が四三時間三〇分、宮崎及び福岡の各県、横浜市が四二時間四五分、山口および鹿児島の各県が四二時間一五分、大阪市が四一時間一五分となつていたのに比べ、前記北九州市病院職員の標準的勤務時間は国、都道府県および政令指定都市の中で最も短いものであつた。そこで、市および病院局においては財政再建計画の一環として、病院局職員の勤務時間を国や他の地方自治体のそれと均衡を失しない程度に延長して勤務時間の統一を図るとともに、従来勤務時間がまちまちなために支給されていた時間差手当の廃止や正規の勤務時間内に仕事が処理できないことによつて生ずる超過勤務手当の削減を図ることとした。そして、昭和四二年一二月一五日地公企法四九条一項に基づく病院事業に関する財政再建計画が市議会において議決され、同計画の中に含まれていた病院局職員の勤務時間の延長については、病院局としては当初一週間当り実働四三時間として昭和四三年一月一日から実施の予定であつたが、労働組合との交渉が進展しなかつたことのほか、市当局においては市長部局の職員についても勤務時間を延長する計画があつたこと等から、病院局においても右実施計画が延期され、結局病院局長は組合の同意が得られないまま昭和四三年三月三〇日新規定を制定し、これにより同年四月一日から病院局職員の勤務時間は原則として旧規定当時より三時間延長して一週間当り実働四一時間とする旨定められ、市長部局においても同日から同様の勤務時間の延長が実施された。

三そこで、勤務時間の延長を定めた新規程の効力につき判断する。

1  地公企法は地方公営企業職員の勤務条件に関し、給与の種類および基準は条例で定めるとしている(三八条四項)ほかは、勤務時間、その他の勤務条件については管理者がその事務を掌理するものとし(九条二号)、管理者は法令又は当該地方公共団体の条例若しくは規則又はその機関の定める規則に違反しない限りにおいて、業務に関し管理規程を制定することができるものとしている(一〇条)。

一方、地方公営企業職員の労働関係については、原則として地公労法が適用されるほか、労働組合法および労働関係調整法が補充的に適用され(地公労法四条)、労働組合は労働時間、その他の労働条件につき労働協約を締結することができるものとされており(地公労法七条)、また管理者の制定する企業管理規程のうち職員の勤務条件を定めるもの(以下これを「就業規程」という)については、就業規則について定める労基法八九条ないし九三条の適用を受けることとなつており(地公企法三九条一項、地公法五八条)、その労働関係につき一般地方公務員と法制上取扱を異にし、一般私企業における労働関係と共通性を有する面がある。

しかし、地方公営企業職員の身分については地公労法三条二項が、「一般職に属する地方公務員」と明規しており、しかもその勤務関係の根幹をなす任用、分限、懲戒、服務等については地公法の規定が全面的に適用されている(地公法三九条一項)点から考えると、地方公営企業職員の勤務関係は、基本的には公法上の関係と解するのが相当である。

2  ところで、私企業において就業規則が労使関係を規律する効力を有するのは、労働条件は当該就業規則によるとの事実たる慣習の成立によつて法的規範性が認められることによるものであり、その効力の基礎が右のようなものであるが故に、私企業において使用者が就業規則の作成または変更によつて労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、労働条件の集合的処理の見地から合理性がない限り許されないのである(最高裁昭和四三年一二月二五日判決、集二二巻一三号三、四五九頁参照)。

一方、前記のとおりその勤務関係が公法上のものであることは地方公営企業の職員も一般地方公務員と異らないが、その勤務条件については現行法は、一般地方公務員の場合は条例で定めるものとしているのに対し(地公法二四条六項)、地方公営企業職員については前記1記載の地公企法および地公労法の各関係規定からみて法は、給与の種類および基準のみは条例で定めることを要するものとし、その他の勤務条件については条例等に反しない限り管理者の定める就業規程若しくは管理者と労働組合との間で締結される労働協約により規律させようとしていると解せられるのであるが、法が管理者に右のような大幅な勤務条件の決定権を委ねているのは、管理者の自主性を強化することにより地方公営企業の能率的、合理的経営を図ろうとしているものと思料される。このように、管理者の定める就業規程は、私企業における就業規則と異り地公企法により油的規範としての効力を与えられているものというべきであるから、条例、労働協約および労基法の定めに反しない限り、就業規程の制憲、改廃により勤務条件の決定およびその変更を行うことができるものというべきである。もつとも、前記のように管理者の定める就業規程については、私企業における就業規則と同様に労基法八九条ないし九三条が適用されることとなつているのであるが、右労基法の就業規則に関する規定は就業規則の内容の合理性を保障するため国が後見的立場から監督的規制を定めているものであり、地公企法は地方公営企業の管理者の定める就業規程についても国が後見的立場からなす右規制の必要性があるものとして、管理者の定める就業規程につき労基法の適用を受けさせることとしたに過ぎないものと解せられるから、労基法の前記法条の適用があるからといつて地方公営企業の管理者の定める就業規程が私企業における就業規則とその法的性質を同じくすることになるわけのものではないというべきである。

四以上のとおりであるから、前記二で認定のような必要性があるものとして同認定のような経緯で制定された新規定の勤務時間の定めは有効なものというべく、新規定の制定、施行により原告の勤務時間の定めは昭和四三年四月一日から別表(二)のとおりとなつたものというべきである。

よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(松尾俊一 湯地紘一郎 辻次郎)

別表

(一) 一週間のうち、月曜日から金曜日までは午前九時から午後五時まで、土曜日は午前九時から正午までとし、休憩時間を除き一週三八時間

(二) 一週間のうち月曜日から金曜日までは午前九時から午後五時三〇分まで、土曜日は午前九時から午後〇時三〇分までとし、休憩時間を除き一週四一時間

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